被相続人の預貯金が勝手に払い戻されていた場合(遺産分割)

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 遺産分割や相続の相談では、「相続人の1人による被相続人の預貯金の勝手な払戻し」のご相談をよくお受けします。
 
 たとえば、

「被相続人(父)が2か月前に亡くなりました。相続人は兄と私(妹)の2人です。母の死後(数年前に死亡)、兄夫婦が父と同居し面倒をみていました。父の死後、父名義の預金口座を調べたら、父の死亡前の3年間に、1年間に1000万円ずつ、合計3000万円が引き出されていました。父が死亡した際には、預貯金はわずか200万円しか残っていませんでした。兄が父の通帳を管理していたので、兄が引き出して、自分のために使ったとしか考えられません。父は生前、月20万円の年金を貰っており、持家で住居費も不要でした。これといった趣味もなく慎ましい生活をしていたので、このような多額な預金を毎年払い戻す必要は無かったはずです。私としては、元々あったはずの財産を前提に父の遺産の相続を受けたいです。兄にその旨を伝えましたが、全く聞き入れてくれません。どのように対処すべきでしょうか。」

といった内容の相談です。

 「兄が通帳を見せてくれない、3年前には3000万円の残高のある通帳を見たことがあるが、現在は200万円しかない、いつどのようにして残高が減少したのか全くわからないし、教えて貰えない。ただ遺産分割協議書に署名押印しろと言われるばかり。」

といったご相談も、非常に多いです。

 そこで、被相続人であるお父様の預金口座の取引経過の調査方法を説明し、その上でご相談者(妹)の取り得る方法を解説します。
 父は遺言書を書いていなかったことを前提として説明します。

1 金融機関に対する取引経過の開示請求
 他の相続人が被相続人の預貯金を管理していた場合、当該相続人が通帳を見せてくれないのであれば、まずは、被相続人の預貯金の死亡時の残高はもちろん、死亡前の取引経過を出来るだけ遡って調べる必要があります。
 少し前までは、金融機関から、他の共同相続人全員の同意がないと被相続人の預貯金口座の取引経過の開示には応じられないと拒絶されることが多々ありました。しかし、最高裁平成21年1月22日判決が、共同相続人は単独で被相続人名義の預金口座の取引経過の開示を求める権利を行使することができると判示し、これ以降は容易に取引経過の調査が容易になりました。

 金融機関は.少なくとも預金債権の消滅時効期間(民法107条1項。10年間〉及び会計帳簿等の保存期間(会社法432条2項。10年間)の経過までは会計帳簿等の保存をしているものと思われ、少なくとも被相続人の死亡前10年間の取引経過の開示を請求し、内容を確認することが可能です。

 10年以上の取引経過の開示を受けられるかは金融機関によって区々です。10年以上前の取引経過については「廃棄済み」という理由で開示を受けられないことが多いです。(なお、上記取引経過の開示請求をする際には、金融機関から戸籍関係書類や本人確認書類の提示を求められるほか、手数料の支払を求められます。)

2 兄の父名義の預金口座からの払戻し行為い対する対応について
(1)兄の払戻しは、不正な払戻か、それとも父からの贈与か
 取引経過を確認し、多額の払戻しが発覚した場合、どのような対応をすべきでしょうか。
 ご相談では、兄は、父の死亡前、3年間にわたって、毎年1000万円ずつ、合計3000万円を引き出しています。これが父の意思に基づく贈与なのか、兄の勝手な払戻しなのかがまず問題になります。

(ア)預金の払い戻しのとき、父の意思能力がどうであったでしょうか。当時意思能力が無ければ贈与は無効となります(兄の勝手な払戻しと同視できます)。当時、父が認知症等に罹患していたといった事情があり、意思能力に疑義があった可能性があるのであれば、通院又は入院先の病院から父のカルテの写しを取り寄せて、父の当時の意思能力の状況について確認します。相続人として請求すればカルテの写しが入手できる場合が多いですが、弁護士を通じて請求することも可能です。

 意思能力がなく、兄の勝手な払戻しと認められるときは、妹は兄が払い戻した3000万円のうちの自己の相続分2分の1につき、兄に対し、不当利得返還請求又は不法行為に基づく損害賠償請求の訴訟を起こすことが出来ます。

 実務的には、訴訟をせず、遺産分割協議や遺産分割調停において、兄の勝手な払戻し事実を前提に分割方法を決める(兄の取り分を少なくする)ことも数多くあります。
 いずれにしても、一部の相続人による勝手な払戻し事実が認められるような事案は、弁護士に依頼をして適切な対応をすべき事案といえます。

(イ)当時父に意思能力があり、関係資料(父の日記や手紙等)により、贈与があったと認めざるを得ない場合、次に当該贈与が特別受益に当たるかを検討します。

 民法は、共同相続人中に、被相続人から遺贈を受け、又は婚姻、養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者(特別受益者)がいるときは、①被相続人が相続開始当時に有していた財産に贈与の価額を加えたもの(持ち戻したもの)を相続財産とみなし(みなし相続財産)、②これを前提に各相続人の一応の相続分を算出し、③特別受益者の具体的相続分は、上記「一応の相続分」から既に贈与を受けている特別受益額を控除した残額とします(民法903条1項)。

 特別受益の額が、特別受益者の一応の相続分と同じか、又はこれを超えるときは、特別受益者は、相続分を受けることができません(民法903条2項)。
 
 通常、遺産分割協議・調停においては、当該贈与が特別受益に当たるかどうかが争われることも多いのですが、今回の引出額は、合計3000万円と高額であり、兄が生計の資本として贈与を受けたものと認められ、特別受益に当たるとされることが通常であると思われます。

 なお、特別受益に当たると認められる場合でも、父が遺言等で相続財産への明示又は黙示の持戻しの免除の意思表示をしていたときは、特別受益を持ち戻して相続財産に加えることは出来ません。

 しかし、その結果、特別受益者の相続分が他の相続人の遺留分を侵害するときは、当該相続人は、遺留分減殺請求権を行使することができます(民法903条3項)。

(2)兄が払い出した預金を父の医療費や生活費に充てたと主張する場合
 これもよくあるケースです。
 妹としては、兄に対し、医療費や生活費に充てたとする領収書や家計簿等の提出を求め、その支払の合理性を検討することになります。

 父が生前、年金の支給を受けている場合や家賃収入を得ていた場合などは、その金額の範囲内で医療費や生活費の支払が足りていたか否かも検討する必要があります。
 弁護士に依頼していれば、病院等に対し、治療費等の詳細について照会をかけて調査出来る場合があります。

 兄が医療費や生活費の支払について、領収書類を提出できないなど、合理的な説明ができない場合は、兄が払い出した預金を自分のために領得・費消していた可能性が高いと考えられます。
 遺産分割調停においては、払出した当時の兄の生活状況を明らかにしたり(当時無職であった、借金を一括返済した、家を建てた等)、預金通帳の開示を求めたりします。

 兄が不当に領得していた場合には、妹は兄が払い戻した3000万円のうちの自己の相続分2分の1につき、兄に対し、不当利得返還請求又は不法行為に基づく損害賠償請求の訴訟を起こすことが出来ます。

 実務的には、訴訟をせず、遺産分割協議や遺産分割調停において、兄の勝手な払戻し事実を前提に分割方法を決める(兄の取り分を少なくする)ことも数多くあります。
 いずれにしても、上記のような主張が出てくるような事案は、弁護士に依頼をして適切な対応をすべき事案といえます。

(3)兄が「父が1人で解約したり払い出したもので使ったもので自分は知らない」と主張する場合
 これもよくあるケースです。
 この場合は、当該定期預金の解約手続及び普通預金の払戻手続を誰が行ったのかを調査する必要があります。

 弁護士に依頼していれば、弁護士は、弁護士法23条の2の規定による弁護士照会制度を利用し、取引金融機関に対し、預金の解約書類や払戻請求書の写しの開示を求め、当該書類の筆跡、その際の本人確認資料(委任状を含む)等を確認することがあります。

 私の経験では、これにより、他の相続人が窓口で払い出したことが明らかになるケースが沢山あります(本ケースでいうと、兄の筆跡が認められる払戻請求書や兄の免許証が銀行から開示されて発覚します)。

(4)まとめ
 一部の相続人が被相続人の死亡の前後の時期に被相続人の遺産を勝手に払い戻したり費消したりしている恐れがある場合には、なるべく弁護士に相談し、調査をきちんと行い、遺産分割調停等を経て、公平な相続を実現できるようにするのが良いといえます。

 当事務所においても、被相続人の財産の使途不明金に関する法律相談及び依頼事件は数多くありますが、当初想定していた以上の財産を相続する内容での和解的解決(調停成立)となることが非常に多いのが実情です。

by suyama4168 | 2016-01-06 17:22 | 相続・遺産分割の相談 | Comments(0)