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UTMB2016 レース当日(クールマイユールからゴールまで)

後半戦。

友人たちに見送られ、クールマイユールのエイドを出ました。

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50分休憩し、エイドを出たのは午後0時30分。

関門時刻は午後1時15分。

貯金は45分に減ってしまいました。(関門は、入る時刻ではなく、エイドから出る時刻)。

休憩50分なんてあっという間で、なかなか回復も出来ず、辛いところです。

次の関門は、17.4km先のArnouvazアルヌーヴァ(96.2km)。関門時刻は午後6時15分

その間に、Refuge Bertone ベルトーネ小屋(83.7km)と、Refuge Bonattiボナッティ小屋(91.0km)の2つのエイドがあります。

・・・・・

しばらくは街中を進んでいきます。

クールマイユール(イタリア)は、フランスの街とは何となく雰囲気が違っていて、今度はレースではなく、普通に観光してみたい!

街中でロスト(ミスコース)しやすいとは聞いており、DVDでも鏑木さんと一般選手の月岡さんがミスコースしていましたが、実際自分も道を間違えて進みかけました。

他の外国人選手に呼び止められ、事なきを得ました。

疲れており、ずっと頭を上げている訳ではないので、目印を見落としがちなんですよね。。

エイドから出ると、カンカン照りの太陽と、トレイルでは感じなかった舗装路からの照り返しで朦朧としてきます。

次のエイドRefuge Bertoneベルトーネ小屋(83.7km)は、全コースの中でも、特に強烈な勾配の上り。(約4kmで790mUP)。

かなり気が重い状態で舗装された上り道を歩いていきました。

川を渡り、トレイルに入ってからは、つづら折りの山道を延々と登っていくのですが、リサーチどおりの勾配(というか壁)。

今までの上りと違い、ここは木が茂っていて上(先)が見えません。

丁度正午過ぎの時間ということもあって、太陽は真上で木陰がほとんど無い。。

空気が乾燥しており、汗がすぐ蒸発してしまい、異常に喉が渇く。

熱中症になったり、脱水状態になったりしてこの区間で棄権に追い込まれた選手が数多くいたと聞いています。

一歩一歩上がっていくのですが、上がっても上がっても先が見えず。。

クールマイユールを出たときに45分しか貯金が無かったこともあり、こんなペースではArnouvazアルヌーヴァ(96.2km)で関門アウトになってしまう、、と焦る気持ちはあるのですが、足が出ない。。。

この区間は、今回のUTMBで心折れそうになった3つの場面のうちの1つでした。

「とにかくベルトーネに着けば、その先は走れるトレイル、挽回できる」と信じて、とにかく「絶対あきらめない」と一歩一歩出していきました。

↓ 暑くて気が遠くなりそうになりながら、とうとう見えてきたRefuge Bertoneベルトーネ小屋(83.7km)。


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何とか到着したのは午後2時23分。ここは関門ではないのですが、先を急がなければならないことに変わりはない。

同じように苦闘しながら、抜いたり抜かれたりしていた数人の日本人選手と「キツかったですね~」などと話をし、ゆっくりしていられないので、わずか15分程度休憩して先へ進むことにしました。

↓ 皆暑そう~!

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↓ 次のRefuge Bonattiボナッティ小屋(91.0km)までの区間は、左手に美しいモンブランの山塊、下に氷河が削った谷を見ながら走ります。

ここだけなら何回でも走りたい!

フラットなトレイルをトラバース。グランジョラスも見えてうれしい!!

途中に川もあり、身体を冷やそうと、川にドボンと浸かったりしました。

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次のArouvazアルヌーヴァの関門に何とか間に合わせようと、ここの区間は、周囲の景色をゆっくり眺めることはあきらめ、ほぼ止まらずに走りました。

アップダウンはありますが、走れるトレイルです。

↓ 家族でハイキングしている小さな子が応援してくれました。こんなところをハイキングできるなんて、贅沢~!

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↓ 7.3km走ってきて、ようやく見えてきたRefuge Bonattiボナッティ小屋(91.0km)

ベルトーネからボナッティのこの区間で、足裏の痛みを感じ始めました。

足裏の痛みといっても、足底腱膜炎ではなく、皮膚のほう。

靴を脱いで確かめた訳ではありませんが、これまでの経験上、足裏全体にマメができ、もうすぐ潰れそうというような間隔。

燃えるようようにというか、刺すようにというか、火傷した状態で裸足で走っているような痛み。

クールマイユールで足裏を乾かし、適切な処置をしていれば、もう少し結果は違ったのでしょうが、それをしなかった自分を未だに後悔しています。

この辺りから先、ずっと着地するごとに激痛が走るようになってしまいました。

・・・・・・・・・

↓ 最後に上り!

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Refuge Bonattiボナッティ小屋(91.0km)到着。午後4時8分。やっと全行程の半分が過ぎた。。。

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↓ 小屋を右から巻くように少し上がり、しばらく下り基調のトレイルを走り、その後は一気にArnouvazアルヌーヴァ(96.2km)へ下りていきます。

足が残っていれば、素敵なトレイル~♪

彼方まで続いているのが見えます。

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平坦な道が終わると、下りセクション。

聞いてないよという勾配の激下りのシングルトラックをひたすら下った先に、Arnouvazアルヌーヴァ(96.2km)のエイドがありました。

クールマイユール直前の下りもそうですが、UTMBのコースの特徴は、上りが大きく果てしなく長く、下りは勾配が急で延々と続くシングルトラック。

どちらもトレイルは硬くて、身体の芯に響いてきます。

足裏の激痛に顔をゆがめながら、なんとか下りきりました。

Arnouvazアルヌーヴァ(96.2km)7個目の関門。関門時刻は午後6時15分。到着時刻は午後5時17分。

結局また貯金1時間。

クールマイユールからベルトーネ小屋までは、関門カットを覚悟して泣きそうになりましたが、頑張った甲斐がありました。

ただ、足の裏の痛みはかなり深刻。

下りは、着地する際、ストックを使って衝撃を和らげないと、思わず声が出てしまうほどの痛みです。

ちょっと弱気になり、携帯しているiPhoneで、弱音でも吐こうかと電源を付け、WiFiを起動してみましたが、

「圏外」でした。。。。。

↓ どこのエイドもこんな感じでごった返しており、暑さで噎せ返るよう。ベンチを探すのも大変だったりします。

エイドで回復出来ない。。


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・・・・・・・・・

アルヌーヴァを出ると、いよいよ後半の山場の一つ、Grand col Ferretグラン・コル・フェレ(2537m)です。

760mUP。

このフェレ峠も、DVDでよく見ましたが、前半のセーニュ峠と同じく、鏑木さんが映る頂上付近に至るまでに、どれだけ長い上りをこなさなければならないことか。。

気が遠くなるほどの上り。

自分を鼓舞しながら、黙々と、淡々と。

ベルトーネへの上りと違い、太陽がだいぶ傾いてきていたこともあり、暑さがましだったのが救いでした。

上りは足裏の痛みが比較的まし。

ひたすら目の前の一歩を踏み出していくだけです。

次の関門はフェレ峠を超えた後、10km下った先にあるLa Fouly(フーリー)。

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↓ 歯を食いしばって、一歩一歩進む図。

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↓ 顔を上げると、上っていく選手がアリのように見えます。

ちなみに頂上はこの写真では見えません。

左に高く見えている丘の先の先のそのまただいぶ先です。

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↓ 途中、牧場の真ん中を通る。

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↓ さっきの牛舎が下に見えます。

ず~っと後ろまで選手が続いているのが見え、自分も頑張らなきゃと。


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↓ 気が遠くなるような上りでしたが、ようやく遠くに米粒のように小さく、チェックポイントGrand col Ferret(グラン・コル・フェレ 2537m)が見えてきました。

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↓ 見えてからも距離は結構あるのですが、先が見えると、元気が出るものです。何とか到着。午後7時17分。

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ここからスイスに入ります!

ちなみに国境でパスポートは要りません。

ゼッケンがパスポート替わりになります。

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次の関門La Fouly(フーリー)の関門時刻は、午後10時30分。3時間13分ある。

さすがに下りのみの10kmで、3時間あれば大丈夫だろうと思い、靴を脱いで、痛くて仕方がない足裏を確認してみると、、、、

↓ なるほど。。。

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見なかったことにして、先へ進む。

ここから先の区間は、ポイントとなる区間。

約20km下りが続きます。

↓ これまでのような、つづら折りの激下りではなく、トラバース道で、延々山の斜面を巻くように下りていきますので、走れます。

ただ、ここは調子に乗らないこと、自分の膝や足を考え、大事に下りること。

テクニカルな下りは苦手な私ですが、走れる勾配のきつくない下りのトレイルは大好きな私。

普段の私なら、ある程度のスピードで走れたはずなのですが。。。

足裏の痛みは、ずっとMAXで、見て足裏の状況が分かってしまい、痛みが増したような気もする。

痛すぎてストックで衝撃を緩和しないと下れなかった。。

本当に残念で、ここで距離と時間を稼げたはずなのに、早歩きプラスαのスピードでしか下れなかったのは、勿体ないし、悔しい。

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ずっと下りと思いきや、進んでいくと、多少上りも交じっており、後半は走りにくいシングルトラックの上り下りが延々と続きます。

途中で日が暮れましたので、クールマイユールでTくんにバッテリー交換してもらったペツルNAOをザックから取り出す。

ペツルNAOって、こんな感じ(→ペツルのNAOの画像)で、コードが多少複雑なのですが、Tくん、焦ってたのでしょうね、、

コードがむちゃくちゃにもつれてて、ほどけない。。

暗がりの中、なんでここまで絡まるの~と思いながら、何とかしようと頑張りますが、周囲も暗くなってきて結局どうなっているのか分からないまま、どんどん選手に抜かれて気が焦る。

結局あきらめ、本来の円周の3分の2くらいの円周で無理やり自分の頭にねじ込んで次のエイドを目指すことに。

頭が痛い。。

・・・・・・・・

そんな中、不穏な雲が左の山塊に出てきて、遠くから雷鳴が聞こえてくるようになり、トレイルがいったん終わって舗装路になり、数キロ走ってエイドに入るころには、雷鳴の間隔が狭まり、今にも雨が降り出しそう。

La Fouly(フーリー)110.1kmの関門時刻は、午後10時30分でしたが、到着は午後9時15分。貯金は到着時点で1時間15分。

エイドに着くころには真っ暗で、これから本格的な夜間走行になるので、さっきのライトの絡みを直し、雨が降ってきたらすぐに雨具が出せるように準備しました。

ところが、まさにエイドを出ようとしたところで、ゲリラ豪雨のような大雨と雷鳴。

引き返さざるをえない。

20分くらい休憩してすぐにエイドを出る予定が、もう1度仕切り直し、上下の雨具を付け、雨対策用の手袋を装着。結局40分以上もエイドで過ごしてしまう。

準備が出来てもテントの外があまりにもすごい雨と雷なので、出る勇気が出ません。

そんなときに声を掛けられ、振り返ると、Hさんが立っていました。

50kmのエイド、Chapieuxシャピュー以来。

Hさんとは3年前のトレランイベントで知り合い、信越五岳のペーサーをして頂いたこともあり、気心が知れています。

「危ないし、中止にならないんですかね~」とか「せめて関門時刻を延ばしたりしれくれないのかな~」などと話し合いますが、何も変わらない。。

怖いし、次のエイドまで一緒に行きましょうか~、ということで意気投合し、一緒にエイドを出ました。

(そのころのシャモニーも昼間は快晴だったのがウソのように↓のような感じで、数時間、ものすごい豪雨だったと聞きました。)

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エイドを出た時刻は、午後9時57分。貯金はわずか33分しか無くなってしまいました。

気が焦ります。

次のエイドは、14km先のChampex-Lacシャンペ湖(124.1km)。関門時刻は、午前2時30分。

湖というからには、標高が低いところにあると思いがちですが、600mほど下りきったあとに、500mUPするという、選手泣かせの区間。

ここで心を折られて、終わってしまう選手も多数いると聞きます。

Hさんの頭の中では、私の方が自分より走力があると思っておられるようで、「迷惑をかけてはいけないので須山さんのペースで行ってください。ついて行けなければ遠慮なく先行ってください」と言われるのですが、実力的にもHさんの方が速いし、私は足も痛いし、何も食べられない状態で走っているので、まるっきり逆。

結局ほとんど私が引っ張ってもらうかたちになりました。

エイドを出て、しばらくは街中の舗装路を進み、やがて脇道に入り、(そういえば私設エイドがあったな)、いつしか森の中へ。

雷鳴は相変わらず激しく、豪雨は続き、山々の上にある雲は何度も閃光が光ります。

怖くて仕方がありませんでした。

眠気覚ましに、2人で他愛もない話をしながら走っていくと、やがて小雨となり、蒸れて暑いのでレインジャケットを脱ぎました。

小雨はずっと続いていましたが、そのうちに気にならなくなるほどになりました。

むしろ、雷鳴&閃光&豪雨が弱まるとと、緊張感が解かれたからか、単調なトレイル(といっても右側は崖)もあって、眠気が襲ってきて、崖の方へ吸い込まれそうになります。

2晩目の眠気は抗いようがないもので、走りながら(歩きながら)一瞬で意識を失ってしまうほど強烈。

Hさんが上着を脱ぐために立ち止まった際に、15秒だけ寝かしてください~とお願いして、立ったまま、身体をストックに預けて寝たのが今回のレースでの唯一の睡眠。

2人ともいつしか話題もなくなり、無言で進むようになります。

暗闇と小雨、静寂は、選手に、否応なく、目の前の困難(痛み、疲労、睡魔、恐怖、弱気)に正面から向き合わせます。

下りきってからの上りは、結構な勾配で、終盤も一旦道路へ出て着いたかと思いきや、更にトレイルを登らされるという過酷なもので、今思い出してもキツかった。

この区間、Hさんに引っ張ってもらえず、一人で走っていたら、途中で心折れてしまっていたと思います。

・・・・・・・・・・・・

↓ Champex-Lacシャンペ湖(124.1km)到着。


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Champex-Lacシャンペ湖(124.1km)の関門時刻は、午前2時30分。到着時刻は午前1時31分。この区間で貯金を回復できたのは、Hさんのおかげ。

最後の方は、Hさんの足元を見ながら付いていくだけでした。

強い!

Champex-Lacシャンペ湖に到着したら、お互い、先の健闘を誓い合い、再び別行動。

このくらいのレースになってくると、ず~っと同じペースで行くというのは互いに無理が掛かりますので、基本マイペースが良いのです。

私もHさんも、一緒に行くのはここまで、というのは暗黙の了解でした。

私は早く移動できなくなっているので、エイドでゆっくりするよりは早くエイドを出た方がよく、どうせエイドの食料は食べられないので、先を急いでいました。

しかし、シャンペ湖では疲れ果てており、エイドで何をしたのか覚えていませんが、タイムチャートを見てみると40分も休んでいました。

午前2時10分にエイドを出る。

シャンペ湖は、リゾート地っぽくて、美しい湖で、その横を苦しそうに選手が走る(歩く)映像を何度も見たのですが、未明で何にも見えません。。。

・・・・・・・・・・・

ここまで来ると、残りの山は3つ。

この3つの山がとにかくキツイと聞きますが、考えても仕方がないので、先へ進むしかありません。

まず一つ目の山。

事前に配布されているMapによると、次のCP(チェックポイント)がPlan de L'Au(129.1km)で、午前3時45分。

エイドを出た時点で1時間半後です。

40分くらいの貯金があると仮定すると、3時ごろには着く計算です。

しかし、行けども行けどもチェックポイントが出てきません。。。

小雨の降る暗闇のトレイルの中、前後に選手もまばらで、わざとゆっくり歩いたり、立ち止まったりして、他の日本人選手を待ちますが、間が悪いことに待てども持てども来ず。

他の外国人選手にPlan de L'Au(CP)はどこ?あった?と話しかけても要領を得ず(英語が全く通じない選手も多いし、他の選手も分かっていない様子。私にはなぜ兵平気そうに進んでいくのか理解できない)。

時計を何度見たことか。。

午前3時45分が刻一刻と迫ってきますが、進んでも進んでもCPが現れません。

ここは、岩場を越えたり渡渉がある、今までとは違ったワイルドなトレイル区間で、心細くなります。

エイドに近づけば、明かりが遠くからでも見えるはずなのですが、その明かりはまったく見えません。

CPの時刻まで、あと30分、あと15分、10分。。。。

必死でした。

そんな不安な気持ちのまま進んでいたところ、Tくんに変えて貰ったヘッドライトのバッテリーが予期に反して消耗し薄暗くなってきました。

1日目のライトを外して、また同じのを着けた???

小雨の中、予備ライトに変更しますが、何故だか明るさが足りず、ハンドライトと併用。

でもハンドライトは明るいのですが、UTMBには不向き。

勾配がきつすぎて、ストックと併用しなければならないからです。

それでも暗いので仕方がなく、片手にハンドライトを持ちながら、両手でストックを付いてしばらく登る、、、、

持ち替えたりハンドライトを咥えたり、色々やってみましたが、やはりストックが邪魔なので、歩きながら折り畳もうとしたところ、ストック折れました。。。。。。

呆然。。。

片方だけではバランスが取れず、走りにくいので、これ以降、ストックは2本とも使わないということを受け入れなければならなくなりました。。。

そもそもライトが。。

ライトが薄暗い心細さ、CPを飛ばして失格になるかもしれないという不安、ストック折れてしまったというショック、雷雨後に標高を上げていく中での寒さ、登っても登っても月明りに浮かぶ山はまだまだ高く、完走出来ないかもしれないという弱気から、何故か分からないのですが、色々な人に心の中で謝りながら進んでいました。

ここの区間は、私のペースで進んでいる選手たちには壮絶で、道端でうずくまったり、戻している選手、寝ている選手、低体温症?になり震えながら耐寒シートに包まって救急待ちの選手も何人か見かけました。

そうこうしているうちに、、、

Plan de L'Au(129.1km)午前3時45分の時刻は過ぎてしまいました。。。。。。。

道は絶対に間違っていない自信はあるし(1本道で分岐は無い)前後にも沢山選手がいるのに、なぜCPが無いんだという疑問を抱えながら、他の選手もレースを続けているので何かの間違いかもしれないと、諦めずにただただ進んでいく。

すると、トレイルは、月明りに見えている遠い山頂までは登り切らないで、途中でトラバースし、やがて下りに転じました。

そしてしばらく下った先に、簡易なテントと選手をチェックする機械を持った係員のいるポイントに到着。

チェックポイント?????

そこは、探し求めていた午前3時45分関門の「Plan de l'Au」ではなく、Mapには「La Giete」と、地名だけが書かれているポイントで、エイドでも無ければCPでも無かったはず。

理由は分からず、頭の中は?????でしたが、ゼッケンをチェックしてもらっても、ここで止められることもなかったので、何だかよく分からないけれども、そのまま走り続けました。

末尾に公式記録を付けますが、「Plan de l'Au」の記録は、他の選手も取られていません。

マップにあったこの関門は、理由はわかりませんが、いったい何だったんでしょうか。。。

とりあえず、ここから下りということもあり、行けるだけ行ってみようと開き直りました。

・・・・・・・・・・

次のエイドはTrientトリアン(140.6km)。関門時刻は、午前8時。

CPの先のトレイルは、雨でぬかるんでおり、ドロドロのぐちゃぐちゃ。

昨年のUTMFを思い出します。

でも、昨年、掴んだコツはまだ覚えていて、ぬかるみに苦しむ外国人選手を尻目に、どんどん抜かして下れました。

ドロ下りが得意な外国人選手(フランス人)に追いつき、この選手は抜かせなかったので、2人で下りていくと(この辺は、選手間が100m前後開くこともあり、一人よりは複数で下りて行った方がよい)、何か互いに同志みたいな気持ちになってきました。

夜明けとなり、遠くから太陽が出てきて、山を照らし始めます。

美しすぎる。。

彼は何か感嘆の言葉を発し、話しかけてきましたが、、、

悲しいかな、何を言ってるのか分からない!

とりあえず、「ファンタスティ~~~~ク」と言うておきました。

5kmほどのドロドロのトレイルを抜けることには、辺りも明るくなってきて、林道、トレイルを交互に下りていくようになります。

さっきのCPが無かった事件もあり、Mapが信用できなくなっていた私は、間に合わないかも、間に合わないかも、と必死の形相で下りてきました。

下りてくて、ドロドロの区間が終わると、トレイルが硬く、ゴツゴツしており、足裏が痛くて、転げ回りたいほどの痛み。

人間って、痛みを我慢するとき、息をとめるじゃないですか。

10歩分くらい息を止めており、一瞬息を吸って、また10歩分下りていく、を延々繰り返す。

・・・・・・・・・・・・

最後のトレイルを下りきると、やっとTrientトリアン(140.6km)に到着できました。

関門時刻は、午前8時で、到着時刻は午前6時42分。

あきらめずに、心折れずに、なんとかメンタルを立て直せてよかった。。。

このエイドでは、到着するとすぐに自分の持っていた必携装備品のテーピング用テープで、折れたストックを使えるようにできないかとやってみましたが、全然だめ。

「ストックが壊れてしまったので、テープを貸してくれないか」とボランティアの方に相談したところ、ボランティアの人々が四方八方から寄ってきて、あぁでも無い、こうでも無いと言って、色々なところから色々なものを持ってきて、私のストックを直そうとしてくださいました。

結局治らなくて、とても残念そうな顔をしながら、申し訳ないという方々を見て、フランス語は分からないけれども、とても心に響いてくるものがありました。

こちらの方こそありがとう、という気持ちで、もうストックは直らないんだと諦めもつきました。

このエイドでは35分しか休憩していないので、その大半がストック修理に充てられていた模様。

・・・・・・・・

↓ Trientトリアン(140.6km)を出ると、終盤の2つ目の山Catogneに向かいます。730mUP。

次のエイドは、山を越えた先のVallorcineヴァロルシーヌ150.9kmで、関門時刻は午前11時15分。トリアンを出たのが午前7時17分。

既に色んなものを超越した悟りの次元に入っていますが、朝陽を浴びると、どこからか前へ進むエネルギーが絞り出てきます。

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↓ ↑ 元気があれば、本当に気持ちのよいトレイルなのですが、いかんせん、山が大きい。

山が大きい~~~~~!!!

というのは何回も繰り返したくなりますが、実際、さっきのシャンペ湖からゴールのシャモニーまでの距離は、丁度六甲全山縦走と似たような距離(約50km弱)。

この距離の間に、山が3つしかない。

山と山の間に平坦な場所はほとんどなく、須磨から上がって、上って下りるを3回やったら宝塚、というと、どれだけ1個1個の山が大きいかが(全山縦走をやった人なら)イメージできるかもしれません。

登っても登っても、着かない。。

ここでも途中で戻している選手、倒れ込んで寝ている選手多数。。

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この2つ目の山も、1つ目の山のように、一番上まで登らないでトラバースして下りに転じるという淡い期待があったのですが、登れども登れども、先に上りのトレイルが現れ、メンタルを痛めつけられました。

(結局、この山も頂上までは行かなかったのですが、予想していた方角(イメージは右側へ下りていく)ではなく、結局山の向こう側まで行くのでした。)

やっとの思いで登り切って、下りに転じたら、またまた固いトレイルの激下り。

傾斜がきついシングルトラックが延々と続くのは、クールマイユール手前、アルヌーヴァ手前と同じ。

下りも本当に長いですよ。

ストックが無いので着地の衝撃を緩和できず、着地ごとに痛みが脳天に突き刺さりますが、下らなきゃ終わらないので、歯を食いしばって下りてきます。

下りはじめで、おっちゃんが残り3kmと教えてくれたので、3kmで次のエイドか~とスピードを上げたところ、まだ5,6kmありました。。

・・・・・・・・・

Vallorcineヴァロルシーヌ150.9kmは、街中のエイド。

最後、坂を下りる前に上からエイドが見えます。

TVカメラが来ていました。

ここのエイドはサポートが入れるエイドということもあり、すごい人数の応援の方々から拍手で出迎えられました。

他の日本人選手のサポートの方からも日本語で「お疲れ様でーす」と言われると、なんだかやっぱりほっとして嬉しい。

関門時刻午前11時15分のところ、午前10時17分に到着。

やっぱり貯金は1時間。。

最後の一山を前にして、iPhoneを取り出す。skypeで激励を受ける。

さぁ、いよいよ最後だ。

↓ 相変わらず、ここもエイド前は急降下。。

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Vallorcineヴァロルシーヌ150.9kmでは27分休憩し、午前10時44分に出発。

↓ 次の関門は、Col des Montes(モンテ峠)12時15分で、エイド間は、3.7km。

小川沿いの緩やかな上り坂で走るべき区間。私もジョグ。

何故だか、「子どもの頃こんな風景の中を小学校に通ってたなー」などと思い出しながら、通過。

既に意識は向こう側へ行ってしまってたんでしょうね。。

あるいはカメラを取り出すエネルギーも残っていなかったか。。

のどかな素晴らしい風景だったのに、写真が1枚も無い。。

正午が近づくにつれ、急激に気温が上がってきて、走れるトレイルも走れず、早歩き。

そして、最後の山は、La Tête aux Vents(ラ テット オー ヴァン)。

この最後の山を、きちんとリサーチしておけば、心と水の準備が出来ていたのですが。。

取りつく前に、エイドでは無かったはずなのに、水の配給がありました。

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↑ 正面の山に取りつくわけですが、最後にふさわしい、私にとっては、このUTMBの中で最もキツイ山でした。

4km弱で、870mUP。

初めは傾斜もそれほどでもなく、今までと違って岩の多い山やな~という程度の印象でしたが、しだいに傾斜がきつくなり、そのうち目の前に壁のように立ちはだかるようになります。手も使って岩の斜面にへばりつき、よじ登るという感じに。

↓ 下の景色はどんどん小さくなっていきます。疲労困憊の身体にはキツイ。

前日のベルトーネ小屋への上り区間に続き、この日も猛暑。

私は、なぜこんな猛暑の時間帯にいつも急登に差し掛かるのでしょう。

強い日差しが目の前の岩に照り返され、日陰もなく、まさに灼熱地獄。

大きな岩の陰で休んでいるランナーもちらほら。

水もどんどん無くなっていきます。

この山、何ともいえない不思議な形状の山で、最初はともかく、だいぶ標高も上がってきて、そろそろ頂上が出てきてほしいと思い始めるころから、頂上と思われるような場所が下から見えるようになります。

あともう少しと思い、頑張ってそこへ到達すると、道が開け、まだ遠い先まで続くトレイルが現われる。

さらに進み、また頂上に見える場所までたどり着くと、また遠い先まで上り坂が見えてくる・・・・。

いわゆる「ニセピーク」が延々と繰り返されます。

暑さとキツさで気力は根こそぎ奪われ、水も切れ、新しい景色が現れると、座り込んでしまいたい気持ちに。

ここまでメンタルが追い込まれたのはトレイルを始めてから、初めてかもしれません。

トレイルレースで、リタイアが頭をよぎったのも初めて。

でも、リタイアするにしても、結局は先へ進むか、この壁のような坂を下りていかなければならない。。

トレイルランニングは、マラソン大会と違い、収容者が後から来てくれる訳ではありませんので、山に入った以上は、原則として自己責任。

自力で山を下りなければなりません。

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↓ 自問自答しながら、歩く私。。ストックがあれば。。ペットボトル。。

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いつ、La Tête aux Vents(頂上)のCPのチェックを受けたのか、記憶がないくらいの辛さだったのですが、午後1時41分に通過していたらしい。

他の日本人女性選手(昨年TDSに出たとのこと)と話しながら上がっていたのですが、やがて置いていかれ、フラフラ歩いていると、ついさっき抜いていったHさんが岩陰で休んでいました。

熱中症気味でクラクラしているとのこと。

皆、戦っています。

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ここから最終エイド(最終関門)のLa Flegere(フレジェール)までは、地図上では3.6km。

↓のトレイルをず~っと辿っていくと、フレジェールの建物らしきものが見えます(全写真はクリックで拡大できます)。

フレジェールの関門時刻は、午後2時45分。

この景色が見えたとき、スタッフの人は、「大丈夫、ここにいる人たちは間に合う。でも後ろの選手は厳しいかも」と言ってくれましたが、どう考えても、地図より遠く見えます~。

普通に歩いたら間に合わなさそう。

もはや、痛いとか暑いとか言ってられないです。

周囲の選手は走り始め、私もおそらく鬼の形相で走りました。

ここ、ものすごくガレていて、下りはテクニカルで走りにくく、上りは脚力が要ります。

トレイルが硬すぎて、一歩一歩脳天に楔を打っている感覚。

またトレッキングをしている人々もこれまでとは違って沢山いて、トレイルランナーの鉄則として抜かすときは声かけをして歩くということを実践しなければなりません。

まあ、ここは全力で走りました。

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ずっと見えていた建物に着いたと思ったら、関門エイドは更にその数百メートル先で、、、

急登の林道を登らされます。

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↓ 振り返ると、必死に走ってきた道のりが!

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最終エイド(最終関門)のLa Flegere(フレジェール)到着。

関門時刻14時45分のところ、到着時刻14時31分。14分前!!

歩いていれば、ここで確実に関門に引っかかり、終わっていたと思います。。。

残りゴールまで7.2km。

ここで終わっていたら、どんな気持ちになったのだろう。


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けれども、、、、このフレジェールまでの激走で、足の裏が終わってしまいました。

フレジェールを出ると、しばらく硬くてガレた林道、木の根や岩が出ているトレイルを820m!一気に下ります。

ここが最後だと思い、足をそろりそろりと置きながら走りますが、もちろんスピードが出せず、後続の選手に次々と追い越されていきました。

悔しい。。。


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つづら折り。

ひたすら下る。

フローリア小屋まで来ると、あともう少し。

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時折、トレイルの木々の隙間から、街が見えるのですが、下れども下れども、街が近づいてこない。。

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長い長いトレイルが終わり、整備された遊歩道を下っていくと、舗装路が出てきました。

左へ曲がるとあっけなく街中に。

とうとうシャモニーの街に帰ってきた!!

・・・・・・・・・・

ゴール前の1kmはまさに凱旋ロード。

全ての人々が拍手と歓声で迎えてくれます。

Merci~~、ありがとう~~と叫びながら手を振り、ガッツポーズをしながら、川沿いをゆっくりと走る。

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道行く人とハイタッチをしたり、握手をしたりしながら進んでいます。

ここまで来たら、暗黙の了解で、選手を抜かすということは基本無く、街へ出てきた順位のままゴールまでゆっくりと。

この1kmは、まさに夢心地。

帰ってこれた嬉しさ、やり遂げた誇らしさ、完走出来たという安堵、これで終わってしまうという寂しさ、色々な感情が湧き出てきますが、出てくる言葉は「やった~~!」

どれだけ苦しくても、これが味わえるなら、どんな練習もするし、レース中のどんな苦しみにも耐えられる。

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橋を渡ったところで、Tくん、R子さんが自分を見つけてくれ、3人で残りの数百メートルを一緒に走りました。

何て幸せなんでしょう。

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声をかけられ、ふと見ると、友人のMさんが、おめでとうと涙ぐみながら日の丸を手渡してくれました。

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ゴール。

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恐る恐る靴を脱いでみると、足の裏はもはや人間のものではなくなっていました。。

(帰りの飛行機から始まり、しばらくは日常生活に支障を来しました)

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ゴールした後も、何となく去りがたく、余韻に浸っていると、表彰式が始まり、最終ランナーが称えられていました。

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ゴール直後に乾杯。

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2杯目も行っとこう。

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ホテルへ帰り、シャワーを浴びて、3人で夕食に。

(シャワーを浴びながら、気を失うように寝落ちしており、6時半に待ち合わせの予定が、風呂で目覚めたのが7時15分でした。お2人には最後までご迷惑を。。)


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控えていた現地のチーズ料理を解禁!ラクレット美味しかった~。

Tくん、R子さん、今回は本当に有難う。

2人が待っていてくれなければ、ゴール出来なかったと思う。

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(総括)
UTMBは、スタート前から、トレイルランナーが一般の方からリスペクトされているのを肌で感じられました。
TMB(ツール・ド・モンブラン)を歩いているトレッカーも沢山コースで出会う訳ですが、トレイルランナーとトレッカーが、互いを尊重している。これが実に心地よい。
今回は、友人たちがわざわざシャモニーまで応援に来てくれました。こんな嬉しいことはありません。
今回の経験は、何事にも変えられない私の宝物になりそうです。

何のために走るのか、このレースに参加したのか。
参加することを決めたのは自分です。
そこに周囲の人の力添えがあって、実際にヨーロッパまで行き、レースを走ることが出来ました。
健康だからこそ出来る。
病気やケガ、その他様々な事情で走りたくても走れない無念を抱えている人もいる。
家族も友人も応援してくれている。
自分がどれだけ幸せなのかを見つめ、感謝しながら走っていると、最後の力を振り絞ることができました。

もともと、自分の中ではタイムは意識しておらず、制限時間をいっぱい使って余裕を持って楽しもうと思っていました。
UTMFで40時間を切っていたこともあり、ゆっくり走っても大丈夫なんじゃないかと思っていました。
でも、このUTMBは、これまで出てきたウルトラレースとは全くの別物。参加してみて、本当によくわかりました。
順位は気にしないつもりでしたが、やっぱりこの順位は悔しい。

私のような普通人がUTMBを完走するには、いろんな意味で準備と総合力が必要。
山の大きさが国内のトレイルと違いすぎることと、参加資格である9ポイント(ある意味エリート)を取った選手を前提に関門が設定されているので、体に変調が出ると、完走はかなり厳しい。

私にも数々のトラブルがありましたが、本当に考えられないようなトラブルも起きます。
そこへ対処していけるメンタルと技術。

足裏さえ問題なければ、タイムはもちろんですが、後半ももっとレースや景色を楽しめたのではないかとも思います。
でも、それも含めてレースであり、今回は完走出来たことで100点とし、あの状態で完走まで持っていった自分のメンタルを褒めたいと思います。

レース中は、日本からずっと友人たちが応援のメッセージを送ってくれていました(見たのはゴール後ですが。。)
今回お世話になった方々、心配をかけた家族、レース中に出会った選手の皆さま、大会運営者の皆さま、ボランティアの皆さま、対策ツアーでお世話になった松永さん、ツアーの高橋さんほか同行者の皆さま、本当にありがとうございました!

また機会があればチャレンジしてみたいです。

(記録)
タ イ ム 45時間56分46秒(制限時間46時間30分)
総合順位 1393位/出走者2555人
完走率 57.46%

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Number of participants starting : 2555 Of whom XXX are females : 258 (10,10% of males starting)
Number of finishers : 1468 (57,46% of males starting) Of whom XXX are females : 131 (8,92% of finishers) (50,78% of females starting)
Total number of withdrawals : 1087 (42,54% of males starting)


by suyama4168 | 2016-09-21 13:22 | トレラン大会 | Comments(0)

神戸・三宮の旧居留地で弁護士事務所(かがやき法律事務所)を経営。誰でも気軽に相談できる町の法律相談所を目指している。離婚問題、相続・遺産分割問題、借金問題が特に得意。趣味はゆっくり走ること。ウルトラマラソン100km完走、トレイルランニングUTMB、UTMF完走。


by suyama4168