「感謝」信越五岳トレイルランニングレース2017 100mileの部に参加してきました。

2017.9.16-17 信越五岳トレイルランニングレース2017 100mileの部 に参加してきました。

今回は、初めて100mile(約160km)の部が新設され、全国から猛者が集まってきましたが、台風の影響で、100mileの部は、102kmにコース短縮されてしまいました。

台風のため、日本各地のレースが中止になったと聞いています。

大変な状況下、開催にこぎつけて下さった大会主催者、ボランティアの皆さま、関係者の皆さまに本当に感謝申し上げます。



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【本来の100mileの部】

9/16(土)の午後7時半にスタート。ゴール関門は翌々日の9/18(月)の午前3時30分。

制限時間は32時間。

これまでに走ってきた100mileより制限時間がかなり短く、私の走力だと関門に引っかかってしまう可能性も大いにあります。

100mileのエントリー資格は以下のとおり。

・・・・・
・過去3年間(2014年5月31日〜2017年5月30日)で距離100km以上の国内外のトレイルランニングレースを制限時間内に2レース以上を完走している方。(完走記録はエントリーの際に確認します。アスファルトを走るウルトラマラソン100km以上の完走は資格に含まれません。)

・上記記録を有し、本大会の160km・32時間の制限時間内に完走をする自信がある方。
・・・・・

出場できる方は、経験豊富な方と言えましょう。



この信越五岳トレイルランニングレースは、数あるレースの中でも圧倒的な人気を誇る大会で、出場する資格を得るためのクリック合戦は毎年熾烈です。

私の場合、国外レースはしばらく困難で、国内で楽しそうで長い距離のレースに出たいなぁと思っていたので、この信越五岳で100mileレースが新設されると聞き、是非とも出てみたいと思いました。

100mileというのは、トレイルランナーにとっては特別です。



精神統一して臨んだ6/11エントリー開始日、開始時刻の21時の数分後、運よくクリック合戦を勝ち抜くことが出来ました。

出場できると決まった際には、狂喜乱舞し、これから練習頑張ろう、食事も節制しよう、お酒も控えようと思ったものでした。

しかし、凡人にはその気持ちを維持するのはなかなか難しく、信越に向けた特別な準備は全く出来ませんでした(本当に反省しております)。

6月から9月にかけて、ほとんど山に追い込みに行かず、月間走行距離も120~150km。

しかも河川敷をキロ6分前後でダラダラ走る程度。

新しい装備も何も買わず、9月に入ってから、ヘッドライトのバッテリーの数が足りないことに気付くという体たらくで、準備不足で運動不足。

更には先週の燕岳登山の疲れも少々残り気味。。




そんなこんなで、あっという間に出発となってしまいました。

走るための練習はしないくせに、快適に走るための準備に関してはアンテナを張り、思索を巡らす自分。。

100mileのスタート時刻は、上述のとおり、土曜日の午後7時30分。

当日入りして走るという選択肢もありましたが、受付・ガイダンスの時刻に間に合うように行くとすると、早朝出発が必要で、その日の晩から2日かけて走るには、私のような完走ギリギリランナーにはキツすぎる。

大会側は前日入りプランを用意して下さっていましたが、斑尾高原ホテルのみでそれなりに高額(1泊1万円以上)のうえ、問い合わせてみると、結局チェックアウトが午前10時で、スタート時刻の午後7時30分までは、大部屋の仮眠室で雑魚寝ということでした。

それでは直前まで身体を休められないし、前日入りする意味が無いなあということで、自分で斑尾高原内にペンションを予約することにしました。

ペンションには「2泊分お支払いしますが、午後6時過ぎにチェックアウトします」と事前に連絡しておきました。

食事なしで確か1泊4500円、1泊目だけ、メールでお願いして食事を付けて頂いきましたが、それでも全部で1万円+α。

ギリギリまで部屋でゆっくり出来て、この判断は大正解でした。





前日入りする場合、大会のシャトルバスは土曜日しか出ませんので、自力で斑尾高原に入る必要があります。

タクシーでも仕方が無いかなと思いましたが、結構料金がかかりそうで、調べてみると、路線バスがありました。

大阪駅→(サンダーバード)→金沢駅→(北陸新幹線)→飯山駅→(路線バス)→斑尾高原と乗り継ぎ、無事到着することができました。


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飯山駅から斑尾高原まで、路線バスは500円。

途中で小学生が沢山乗ってきてびっくりしました。

斑尾高原の小学生は、飯山小学校までバス通学だそうです(無料)。


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お世話になったペンション。

2013年に信越五岳に出た際にたまたま主催者から指定されたペンションでした。

今回もそこにお世話になりました。


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お客さんは私一人。

ペンションのオーナーさんと沢山お話しが出来て贅沢でした。

↓ 一人鍋も非常に美味しかったです。

(走る前にも飲みます。)


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台風の影響もあり、大会からは、予定通り準備を進めているが、開催に向けたアナウンスを19時30分頃に行う旨の情報提供が公式HPであり、固唾を飲んで待っていました。

発表された内容は以下のとおり。



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どうせ走るなら短縮されたコースではなく、少々厳しいコンディションでも100mile走りたいというのが選手の正直な気持ちですし、主催者側も走って貰いたいと思っているのは当然です。

台風の進みが遅いので、予定通り開催されると確信していたのですが、これから速度を上げる可能性もありますし、選手やボランティア等の安全を考えると、賢明な決定だと思いました。

この発表を受け、脱力もしましたが、よくよく考えてみると、102kmも走るんです。

例年の信越五岳とほとんど変わらないですし、おんたけ並みの長さがあるわけで、全然短くない!

しかも、私はこの大会に向けて、特別な練習も節制を何もしてこなかったので、そんなに落胆は大きくなかったのでした。





2日目(スタート当日)


受付時刻は11時からということもあり、朝食後は斑尾高原内のトレイルを散歩。

空気が澄んでいて、マイナスイオンに包まれ、贅沢な散歩でした。

(10/1に開催される斑尾高原トレイルランニングレースの標識も既に設置されていました。)

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斑尾高原ホテルの横から受付・スタート会場をのぞむ。



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会場内はシャトルバスが巡回してくれています。


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昼食は、同じく前日入りし、100mileに出場する友人のNさん(奥様Aちゃんがアシスタント)とイタリアンをご一緒し、その足で一緒に受付会場入り。

NさんのペーサーのHさんは当日入りの予定だったようですが、コース短縮を聞き、「ペーサー要らないでしょ」と言って会場入りを中止したそうでした。

今回は、コース短縮により、出走者がかなり減ったと聞きましたが、実際どうだったのでしょうかね。

皆さん仕事もあり、確実に帰宅出来ない可能性があるとなると、来るのを躊躇しますよね。。




レストランハイジに来るのはこれが4回目かな。

懐かしいいつもの雰囲気。

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知り合いにも何人か出会い、健闘を誓いあったり、近況報告したり。

このブログを読んでますと仰って下さった方もいらっしゃって嬉しかったです(突然声を掛けられてびっくりしました)。

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13時からの大会プロデューサーの石川弘樹さんのガイダンスに出席。

競技規則や注意事項の説明を受けました。

急きょコースが短縮になったこともあり、大会側でも未確定な部分が多々あった様子でしたが、随時ネットで発表されるので、それほど気にはなりませんでした。

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ガイダンスが終わり、お約束の記念撮影をして、宿に戻ります。

帰りもNさん夫妻に宿まで送って貰って恐縮しきり。

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14時半ごろには宿へ戻れたかな。

元々のスケジュールでは、ドロップバッグは102km地点の黒姫エイド(ペーサースタート)に置かれることになっていたのですが、コース短縮で黒姫エイド(102km)がゴールとなったため、ドロップバッグの扱いがどうなるのかが分かりませんでしたが、新たにペーサーが待機することとなった56km地点(アパリゾート上越妙高)にドロップバッグが置かれることになったようでした(正式なアナウンスは無かったような。)。

コース短縮で、ゴール関門が翌々日の午前3時30分ではなく、翌日の午後3時30分になったため、2晩目がなくなることになり、スタート時に背負って出ようと思っていた装備、ドロップバッグに入れようと準備していたものを、それぞれ一から検討し、寒さも考えて作り直したりしていると、意外に時間がかかってしまいました。

そういえば、斑尾高原は風と冷気でかなり寒かったです。

知り合いと情報交換している中で、防寒対策をどうするか、ということが盛んに話し合われており、私も当初予定していたものより、スペックが高い防寒具(化繊のダウン、手袋、長袖シャツなど)とレインウェア(軽量のものと2種類持って行っていた)に変更しました。

仮眠室では、荷物を開けたり閉じたり、バタバタしていられなかったと思われますので、準備完了後、少しでも眠れましたし、ペンションでよかったです。

実際、仮眠室はどんな感じだったのでしょうか。


事前に申し込んでいたお弁当(\500×2個)を食べ、ペンションのオーナーさんに激励され、いざ宿を出発。



↓ 斑尾高原ホテル前で荷物を預け、走る荷物だけ持って、シャトルバスで6時半ごろにスタート会場に着きました。

既に真っ暗です。

いつもながら、スタート前のこのゲートを見るとドキドキします。


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スタート会場では、110kmの部のウェルカムパーティが開催されていました。

100mileの部の選手は、パーティには案内出来ないので、当日の夕食はお弁当を購入してくださいということで、事前に申し込んでお弁当を買ったのですが、台風の影響で110kmの部の選手のキャンセルが続出したからか、100mileの部の選手も普通に入れてましたね。

ノーチェックでした。

(弁当2個食べて、お腹いっぱいで何も頂きませんでしたが)

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いよいよ、午後7時30分が近づき、ゲート前へ整列。

ここまで来ると、なるようにしかならないと開き直るのが私のいつもの流れ。


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そして、午後7時30分、110kmの選手らに見送られ、予定通りスタート。

スタート後は、夜間走で、写真は無し。

各エイドは以下のとおり。

19km地点 菅川
24km地点 バンフ(アシスタントポイント)
37km地点 赤池
56km地点 アパリゾート上越妙高(ドロップバッグ、ペーサースタート、アシスタントポイント))
71km地点 国立妙高青少年自然の家(アシスタントポイント)
89km地点 赤倉(アシスタントポイント)
102km地点 黒姫

私は、ペーサーもいなければ、アシスタントもいませんので、一人でゴールまでたどり着かなければなりません。

UTMBで足の裏がマメでエライことになり、痛みで最後の方は悶絶したこともあり、今回は足裏対策に新兵器を導入しました。

↓ これです。




これまでは、ガー〇ーグーを使っていましたが、少し前からこれに変えており、調子が良かったので、以後使い続けています。

とりあえず、今回は、スタート前と、ドロップバッグ地点と2回塗ったからか、足の裏は快適そのものでした。



スタートはいつも通り、真ん中より後方。

前の方に行くと、周囲に煽られて速度を上げてしまいますので、真ん中より後方が私には丁度よいです。

走り出してからは、自分の身体の調子を探ります。

今回は、、、、、よくありませんでした。

重い。。

ここのところ、ロードのレースも含め、必ず胃がやられてレース中に吐き気に襲われているのですが、原因を色々調べてみると、どうも低ナトリウム血症と考えられたことから、水をがぶのみしない、塩分をこまめに摂っていく、ショッツも摂る、ということで対策は考えていました。




しかし、まだ序盤も序盤、まだ斑尾山に登る手前から、胃が怪しげになり、斑尾山からの下りで早くも胸焼け、嘔吐感が出始めてしまいました。

「あぁ、、、もはや嘔吐感無しには走れない身体になってしまったのか!」

その苦しさは、車酔いや船酔いをしながら走ったことがある方なら分かるかもしれません(いないか)。

前後に選手の間隔が開いたとき、我慢しきれずに立ち止まって、えずくのですが、何も出ないんですよね。

バンフ(24kmエイド)に辿りついたときにも、まずは嘔吐のためにトイレへ直行。

1回えずくと、数分~数十分は楽になるのですが、そこで水を少しでも取ると、その少しでまた嘔吐感がせり上がってくる。

「この先ずっとこれかなぁ、勘弁してくれよ~」と半泣き。

「ガス〇ー10」も服用しましたが、毎度のことで、私には今回も効き目がありませんでした。



とはいえ、遠路はるばるやってきて、24kmで、ケガもしていないのにやめられるはずもなく、バンフ(24km)出発する訳です。

バンフから先は、細かなアップダウンがあり、長い階段もあってスピードが上がらず、寒いこともあり、メンタルが削られていきました。

水を一口含んでは吐く、を繰り返しながら何とか赤池エイド(37km)に辿り着き、エイドでコーラを飲んでトイレに行ったら、トイレの臭気でまた嘔吐感。。

エイドで出されるスポーツドリンク、コーラ、プラスチックの匂いがする水がどれも嘔吐感を呼んでしまいます。

人工的な臭いがすべてダメ。

補給食も、これまでの経験を踏まえて、ジェルなどは無理なので、チョコレートにチーズおかき、ハイチュウ、果汁グミなど、胃がやられても食べられそうなものを沢山ザックに積んでいたのですが、結局単なる重りになってしまい、56kmのエイドで全てザックから下ろしました。

水が飲めず、補給食も身体に入らないという状態で、ヨレヨレと赤池エイドから出発しました。

喉がかわくし、水が飲みたいのに、飲むと吐いて水分を身体に吸収させられないというのは、本当に苦しいもんですね。


赤池からは「ニセピーク」が続く袴岳に登ったのち、約10km延々下り続ける単調な林道。

深夜の暗がりの中、胃が揺らされ、苦しかったです。

林道を下りきったのち、約7km?くらいの登りに転じるのですが、もはや走れず、ひたすら前の選手の熊鈴に付いていっていたのですが、200段階段?を上ったあとの、果てしなく登りが続く山(山の名前?)でとうとう離され、身体的にもメンタル的にも破綻間近で、細い1本の糸で繋ぎとめている状態になってきました。

水分補給、食料補給無しで50km来ていますので、限界。

少し進んでは後の選手に道を譲り、少し進んでは両膝に手をついて立ち止まる。

とうとう上りの山道途中に立っておられたボランティアの方の隣に座り込み、荒い息をしながら、後続の選手が過ぎていくのを呆然と眺めていました。

本当にキツかったな。

匂いがついた水がだめなので、試しに沢の水を汲んで飲んでみたら、ゴクゴクと飲めました。

美味しかったです。

(10分後に全部口から出ていきましたが。)



↓ ピークにだどりつく前に、空が段々と明るくなり始め、やっと下りに転じてしばらく進んだときに見えたのがこの景色。

ボラの方にあと何キロですかと尋ねると、あと2kmとのこと。

優しそうなボラの男性だったので「水分を摂っても、全部吐いてしまって脱水みたいです、手足がしびれて、目の前がチカチカします~」と泣き言を言うと、「大丈夫ですか、一人で下りられますか」と心配して下さいました。

「でもあと2kmなら何とか頑張ってみます~」といって、トボトボ下りていきました。


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↓ 次のエイドが見えたときの安堵感と言ったら!

アパリゾート上越妙高(56km)。

後でタイムを見てみると、この19kmに4時間半もかかってました。。

最後の上りを歩きながら、今後の断面図を眺め、無理だからリタイアしよう、と固く思っていたのですが、エイドに近づき、実際に辿りつくと、すぐにリタイア申告せず、少し休んでから考えよう、心を改めました。

この大会は、石川弘樹さんのコースガイダンス動画がユーチューブでアップされており、トップ選手と完走ギリギリの選手の各関門の予想通過タイムが紹介されていました。

ここのエイドの完走ギリギリ選手の累積タイムはここまで10時間15分。時刻にして5時45分と推定されていました。

私がここに辿り着いたのは、累積タイム10時間6分。時刻は5時36分。



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辿り着くのが遅くて、余り選手もおらず、ペーサーもほとんどが出払っていて、少し閑散とした雰囲気が漂っていたのですが、ここで何とNさんの奥さん(Aちゃん)が「須山さ~ん」と声を掛けてくれました。

とっくにNさんをアシストして先へ行ってると思っていたのでびっくり。

声をかけられ、ほっとしながらの私の第一声。

「すみません~やめるかも~!」

Aちゃんのびっくりする顔を横目に、ドロップバッグを受け取り、数メートル歩いたら、芝生の上に倒れ込んでしまいました。

Nさんはまだ到着していないとのこと。

私のこれまでの顛末を話し、脱水で水分が取れない、エイドの水、スポーツドリンク、コーラの匂いがダメだ、麦茶ならなんとか飲めそうというと、Aちゃんは、味噌汁やらホテルの温かいお茶やら、白湯やら飲めそうなものをどんどん準備して差し出してくれます。

味噌汁が美味しい!

お茶が無いのが申し訳ない様子で、自販機を探しにいってくれたりもしましたが、残念ながらそこのエイドにはありませんでした。

私がもだえ苦しみながら芝生の上を転がっている間にNさんも到着。

Nさんは元気そうで、私を心配し、自分が疲れているのに、わざわざ私のために白湯を貰いに行ってくれたり、とりあえずちょっと寝た方がよいとアドバイスをくれたりしてから、20分くらいのエイド滞在で、お互い頑張りましょう、でも無理しないようにと言って、私より先に出ていきました。

私は、Nさんを見送っても全く動くことができず、Aちゃんの肩掛け、ビニールシートを掛けて貰い、荒い息をし、ウンウン唸りながら、結局1時間以上も芝生の上で横たわり、10分以上は気を失って(眠って?)いました。

緊張感があり、少しの物音で目が覚めます。

断続的に数分寝ては起き、を繰り返し、合計すると10分ほど寝たでしょうか、起きてみると錯覚かもしれませんが、何だか多少胃がマシになっているような気がしました。

どうしようかな、本当にどうしようかなと逡巡しましたが、このエイドを出ると、次の関門は、52km先の最後のゴールの黒姫(102km)。

その間に2つのエイドはありますが、関門ではありません。

気力があれば、関門には間に合わないかもしれませんが、ゴールまでは主催者から止められない限り行けます。

次のエイドまで頑張ってみようかなとメンタルが回復してきました。

Aちゃんからは、「次のエイドもアシスタントポイントなので、次のエイドでも待ってますよ~」と言われ、緑茶と味噌汁を頂いて少し回復した身体でエイドを出ました。

結局エイドを出たのは6時40分くらい。

このエイドでは、1時間10分も滞在してしまいました。

周囲の選手は少なかったです。

(さすが100mileの部です。56kmでキツクなっている選手は多くはありません。レベルが高い。)

エイドを出てからは7kmくらい林道をひたすら下るのですが、胃のムカムカが少しマシになり、走ることが出来ました。

順位的にもかなり後方となってしまい、選手がまばらなので、他の選手を抜くことも抜かされることも余りないのですが、選手の間隔がかなり開いているのに、順位が15番上がっているところを見ると、頑張ったことがうかがえます。

7km下った後の登り返しが8kmほど。

関川沿いの微妙な上りが延々と続く道を少し走っては歩きを繰り返し、頑張りましたが、舗装路に出て「残り5km」と言われて心を折られかけました。

聞くんじゃなかった。



おかげさまで、胃が回復してきたため、下りは下れたのですが、スタートしてから摂ったエネルギーが味噌汁1杯ですので、足の力が出ない。

ずっとフワフワしていて、へなっとなってしまう感じ。

タイム的にもかなり厳しく、上りが登れないと、次の区間には挑戦できないだろうという弱気が気持ちを占め、足がふわふわした状態で何とか15km進んで妙高青年自然の家(71kmエイド)に到着出来ました。

エイド手前の残り2kmの芝生の上りは、先の先まで誘導の看板が見え、心折れます。

ホント、歩きながら思いましたが、止める理由はいくつでも見つけられるのに、続ける理由は一つも見つからない。

進んで自分で高いお金を払ってエントリーしているのに(100mileの参加費用は38000円)、何ででしょうね。.




しかし、辿り着いたら、Aちゃんが満面の笑みで迎えてくれ、走っている間に、麦茶やら紅茶やら、野菜ジュースやら私が食べられそうな食料やら、さっきのエイドでこれがあったらと私が呟いた品々を、大量にどこかで購入調達して待ってくれていました。

押しつけがましくなく、こんなのも、こんなものもあるよと出してくれるAちゃん。

明らかにわざわざ買いに行ってくれてるやん、と思いながら、何とも言えない気持ちになりました。



Nさんは30分前にエイドを出たとのことで、Nさんのアシストのために早く出た方がいいんじゃないですかという私に、時間的には大丈夫とのことで、まさに至れり尽くせりのアシストをして下さいました。

何ぶん、私はエネルギーが完全に切れてますので、買ってきて下さったジュース類(3,4本)は全部むさぼるように飲み干してしまいました。

Aちゃんは、更に足りないと見るや、自販機に走って更に4,5本ジュースを買いに走って下さる。

心強く、ありがたく、そして何より、何だか申し訳ない。




周囲を見渡すと、ストーブに当たりながら、行くかやめるか自問自答している選手が4、5人。

ペーサーから「残りたった30kmじゃん」と励まされている選手。

奥様らしき女性からオレンジジュースを差し出されるも、それが喉を通らないで床に横たわってしまう選手。

エイドのトマトスープを少しずつ少しずつ大事そうに啜る選手。





私は買ってきて下さったジュースを1本飲むごとに、乾いたスポンジが水を吸収するかのようにエネルギーが充填されていくのを感じ、もう1つ、次のエイドまで行く決心をすることが出来ました。

エイドの水やスポーツドリンクはダメだし、固形物は一切ダメですが、ジュースなら身体が受け付けることが分かり、買ってきてくれたジュースを4本ザックに詰め込みました。

「次のエイドでも待ってますよ~」とのエールを受けて、スタート。

完走可能時刻はだいぶ超過しており、無理っぽいと何となくは感じながら。

「完走できないかもしれません、すみません~、でも行くだけ行ってみます」と握手してからのスタート。

ここを出たのが10時前?

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青年自然の家(71km)から赤倉(89km)までの区間は、全般的に上り基調で、ガツンと藤巻山を上り下りし、2キロ強の舗装路を下った後、壁のような赤倉スキー場を上る区間。

距離も長く、雨も振り出して、キツイ区間でした。

でも私は胃のしんどさが無くなり、ジュースでエネルギーが入ったうえ、手元にジュースがあるという安心感からか、メンタルが完全に回復してきて、絶対にここからゴール関門に間に合わせてやると思うようになっていました。

赤池からの区間と比べ、こちらの区間の方がコース自体は厳しいのですが、私にとっては身体的に嘔吐感を感じなかったこちらの区間の方が断然楽でした。

自分のペースから残り距離を計算し、間に合わせるには、ここは走るべきか歩いてよいかとなどと冷静に考えていました。

(結局、この区間だけで40人弱順位を上げています)

Nさんに追いつこう追いつこうと頑張るも、Nさんは一向に現れず、「さすがやな、強いな~」と思いながら進んでいく。




途中の2kmの舗装路区間で土砂降りの雨が降り始めましたが、負けずに進む。

ここで、ものすごいテンションの高いボラの男性からすごい応援を受けたな。

あの方、すごく選手に力になる応援をされていた。

土砂降りのなか、あんな応援が出来るなんて、すごい。

今思い出して、ちょっと涙ぐんでしまいました。




舗装路を2km下った後、石川さんがエグイと言っていた赤倉のゲレンデに取りつく。

ちょうど上り始めたところに、ネットで見たことがある有名な選手(メーカーの契約選手)の方がこれまた応援に立って下さっていて、「歩きだと1時間かかりますかね?」と相談してみると、「歩くと1時間かかっちゃうかも。気持ち的には斑尾山と同じ感覚で行ったらいいですよ」と助言して下さいました。

とすると、おそらく上りに45分、下りで25分くらいかな、などと目安が立てられ、そのつもりで上がっていきました(結局大体その通りだった)。


ここ、確かにエグかったです。

私レベルの選手には勾配がきつすぎ。

周囲の選手も半分キレてました。

「ここまで登らせる意味がない!」

「言うほど景色も無いし、累積標高を稼ぐためだけの上りだ!」等々の恨み節。



登り切ったと思うと、新たに壁が現れる、を繰り返す。

それを見た選手からはドヨメキ、ため息(終盤の選手ならでは?)。



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↓ 壁を上り切って、下りに転じた場面。

元気回復しているのがアリアリ。

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上りが終われば下りがあります。

↑の写真の麓に見えている建物まで一気の下り。

スキーの「上級コース」のような強烈な斜度を下ります。

ゴール関門に間に合わせるため、足が潰れるリスクもありましたが、疾走で下りていきました。

赤倉エイド(89km)には、午後0時40分ごろ到着?

結局Nさんには追い付けず、さすがさすがと思いながらエイドに到着すると、アシスタントポイントに、Aちゃん不在。

かなり探し回りましたが、「待ってますよ」と言ってくれていた以上、いないはずがなく、、

Nさんに何かでアクシデントでもあったのかもしれないと不安になりました。

(結局、Nさんは、前のエイドを出たあと、脱水で関門時刻に間に合わないと判断し、リタイアしたと後で聞きました。AちゃんはNさんのピックアップに行っていたそうです)。

自分としては出来ることをやるしかない、残り約2時間半で13km、間に合わせるという強い気持ちで最後の赤倉エイドを出ました。



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ただ、この最後の区間、発表されているのは89km~102kmの13kmのはずだったのですが、13kmじゃなかったと個人的には思っています。

15km以上はあったと思うのですが。

ボラの方は、この区間は15kmだと仰っており、エイドを出てから5km以上進んできているはずなのに、残り10km強と言われ、計算が合わず、間に合わないかもと不安になり始めました。

ここでボラをしていて、私にヘッドライトのバッテリーを貸して下さった友人のMさんからも激励を受け、嬉しくて更に力が出ましたが、やはりここからは10kmあるとのこと。

何かの間違いだと半ば祈るような気持ちで3kmほど進んで行き、関川沿いに出て、有名な私設エイドに到着すると、やはり残り7.5kmと表示が。

この有名エイドさんが残り距離を間違っているはずがなく、現実に直面して愕然。

残り1時間15分くらい(正確でないかも)。

「マニアワナイカモ」

ロードの2kmならそうでもないのですが、トレイルの2kmは場合によっては15分~30分の違いになってしまうこともあります。

エイドで麦茶を頂きながら、ゴール微妙ですかね~と言うと、「行けます行けます、下り走れば絶対間に合いますよ!!」と激励され、雰囲気的にホントのようだったで(笑)、最後、力を出し尽くすと決めました。

この私設エイドの先は、舗装路、林道を交互にガーっと登って行ったあと、トレイルを九十九折りで上らせ、平坦なトレイルが続いて上りは終わり、後は下りだけかと思わせてから、もう1回ガツンと登らせるという心折らせ区間。

登り切っても半信半疑の状態が続き、最後にシングルトラックの長い長いトレイルがあります。

心拍はかなりキツク、足も乳酸で重たかったですが、ここで自分に負けて後悔したくないので、走れる勾配の登りは我慢して全部走り、下りはキロ5分~5分半で頑張りました。

走っても走ってもゴールに辿り着かず、気が遠くなりそう。


前後の選手と「もう少し、もう少し」と励まし合い、前の選手に引っ張ってもらい、5,6人の選手で束になって進み、最後ゴールすることができました。


↓ ゴール前30mの図。


トレイルからいきなりパッと視界が開けてゴールテープが見えました。


ここでNさん夫妻が「来た~~!!須山さ~ん!!!すご~い!!」と大声で声を掛けてくださり、本当に嬉しかったです。

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安堵感。

この日の早朝には絶対にやめると思っていたのが信じられなかったです。

最後の私設エイドから頑張っていなかったら、おそらく間に合っていなかったので、やはり最後まで粘り、諦めなかったのが良かったです。



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関門時刻まで、残り6分30秒でした。

ホントに間に合って良かった。

また一つ、自信になりました。


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今回の100mileのコースは、短縮され、102kmしか経験出来ませんでしたが、とてつもなくタフに感じました。

練習不足で、対策や準備をほとんど行わないまま、これまでの経験で何とかなるだろうと高をくくって臨んだからかもしれません。

今回、短縮されずに、正規の100mileだったなら、完走出来ていなかったと思います。

今のところ、来年エントリーしたいかと言われると、全くしたくないと言いたくなるほどのタフさでしたが、時間が経過すると、また言う事が違ってくるかもしれません。

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今回の大会は、台風に翻弄されましたが、結局、速度が遅く、レースそのものへの直接の影響はそれほどなく、少し雨に降られる時間帯もありましたが、レインウェアを着ないでも我慢できる程度のもので、気温も恐れていたほど下がらず、蒸し暑い時間帯もあったくらいで、走れる強いランナーにとっては、良いコンディションだったと言えるのかもしれません。

トレイルの状態も、ところどころぬかるんでいましたが、仕方がないと思える範囲のものでした。

この胃を今後どうしていったら良いのか、未だに分からないのですが、超エリート医師のNさん、看護師のAちゃんからは、レース前に牛乳などの乳製品を飲んだらどうかというアドバイスを頂戴しました。

逆に下痢にならないか心配です。

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Nさん、Aちゃん、ありがとうございました。お2人がいなければ、絶対無理でした。

結局ゴール後もシャトルバスに乗ることなく、お2人の車で赤倉温泉まで送って頂きましたし、翌朝には新幹線の駅までわざわざ遠回りして送ってくださいました。

脱水選手二人。

3人で食べたレース後の焼肉・ハンバーグ定食とビール、美味しかったなー。

いつか恩返ししないと。


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冒頭にも書きましたが、このような大変な台風予報の中、緻密な予測と適確な対応により、大会を無事開催して下さった主催者・関係者の皆さま、ボランティアの方々には、頭が下がります。

本当にありがとうございました。


by suyama4168 | 2017-09-19 18:00 | トレラン大会 | Comments(0)